DX市場拡大などの影響から政府は理系人材の増加を目指す方針を公表し、各学校は理系学部の新設や理系専門職大学の創立 など理系学生獲得に向けた準備も進めてきた。しかし、実態として企業の理系人材に対するニーズは増えているのか。実際に企業が理系人材や理系教育に求めている要素とは何なのか。現役企業人事へのインタビューを通じて解明していく。
▼今回インタビューにご参加いただいた人事採用担当者様のご紹介
▽Aさん(金属系メーカー人事担当)
・企業情報:従業員527名。毎年大卒を約10名、高卒を約15名採用している。総合職と専門職に分かれており、専門職では理系人材のみ採用している。
・Aさんの仕事内容:人事、労務、総務など全般を行っており、全社的な採用計画を担当
▽Bさん(社団法人人事担当)
・企業情報:従業員3,450名。毎年約100名の新卒、専門学校卒を採用している。
・Bさんの仕事内容:人事、研修、福利厚生を行っており、法人内の最終面接などを担当。
▽Cさん(機械メーカー人事担当)
・企業情報:グループ従業員約40,000~50,000名。機械メーカーのグループ会社としてグループ全体の人事を管理している。自社従業員は約100名。
・Cさんの仕事内容:グループ全体の新卒採用取りまとめを担当。また、中途採用では、募集から最終面接、内定通知まで一貫して担当。
企業が求めている理系人材像
――理系学生採用の現状
今回取材を行った企業の採用担当者によれば、理系採用はやはり売り手市場が拡大している そうだ。DXの隆盛やIT系人材の需要の高まりも相まって理系人材の採用枠が増加傾向である一方で、それを十分埋めることはできていない。今回インタビューを行ったAさんが所属する金属系メーカーでも、金属系という分野に留まらず広く理系人材を募集している。こうした企業は近年増えており、なかでもCさんが所属する機械メーカーでは、最低限の人間性が選考中に確認できれば採用通知を送っているという。実際に、人事担当のAさん、Cさんは、以下のような発言をしている。
Aさん:理系人材のニーズは高まる一方で、理系学生自体は我々にとってみれば希少。そのためか、理系学生は仕事を選べるようになってきている。実際、理系学生側が“仕事によってはやりたくない”と選択する現実もある。
Cさん:求めるスキルベースで選考しているというよりも、採用に苦戦しているため、最低限のハードルを下げて採用せざるを得ない。
各社が採用に苦しんでいる中でも、何故そこまで理系人材は必要とされるのか。それを解明するために、理系人材へ抱く印象や特に求めている理系人材像について話を聞いた。
――人事担当が理系人材に求めるニーズ
今回インタビューを行った3人の人事担当者は、理系人材は“仕事熱心である”、“自ら提案ができる”といった印象を共通して抱いていた。加えて、時代の変化とともに“コミュニケーション能力が高い”といった要件が今後の理系人材に必要になっていくだろうと考えているそうだ。上記3点の理系人材へのニーズに関して、3名の人事担当者から、具体的に以下の発言があった。
“仕事熱心である”
Aさん:理系人材は、研究熱心だと思う。研究熱心な面が活躍に繋がっている。「自分はこれを作りたいんだ」という熱量があった方が良い。人事としてはどうしても、能力よりも人間性を見てしまう。
Bさん:言い訳をせず仕事に向き合う人材は、ニーズが高い。
“自ら提案ができる”
Aさん:知識があるだけではなく、知識をどう活用していくかを考えるスキルが必要になってきている。
Bさん:ユニークなアイデアをどんどん出してくれる学生が欲しい。
Cさん:理系人材は、“どうすればいいですか”ではなくて、“こういう理由でこうしたほうが良いと思うんですけど”という発言ができる印象がある。こういった発言は、周囲の人も賛成/反対ができて仕事が前に進みやすくなるので重要。
“コミュニケーション能力が高い”
Aさん:コミュニケーションができて、明るい人材のニーズが高い。ただ、自己主張が激しく、自分本位な主張をする人はコミュニケーションができていないと感じる。
Bさん:顧客目線で働ける人材はニーズが高い。人に教えられる、人を育成できるというのは重要な要素。
Cさん:技術一本となると活かしづらいが、チームワークをもちながら回りとバランスをとれる、マネジメントスキルがある人材の方が求められやすい。協調的ではない、個人主義的な子は、選考に残らない。
上記の発言から、“仕事熱心である”、“自ら提案ができる”、“コミュニケーション能力が高い”という3つのスキルを持つ人材を人事担当が求めていることが窺える。これらのスキルを持つ人材は、持たない人材と比較し、実際に成長速度が速く、活躍しているようだ。求めている人材像と同時に、実際に優秀な理系社員に共通している特徴でもあるらしい。
――企業が求める理系人材像
前述の理系人材に求めるニーズを踏まえると、研究や学問による知識や経験といった専門性同様に、正しい仕事への向き合い方、積極性、協調性など当人の素質や考え方も重要な要素として求められているようだ。人事担当者にとって新卒の理系人材は、大学等教育機関で専門知識を学んだ即戦力的な採用ではなく、社内教育などの人材育成を通じて入社後に長期的に成長できる人材を採用したいと思っているのかもしれない。
人事採用担当が求めている、大学などの教育機関の在り方
――大学が専門教育で教えるべき事
3名の現役人事担当者のインタビューでは、企業は“大学などの教育機関に専門性を持った部門特化的教育はそこまで強く求めていない”という旨の発言があった。具体的に、今回のインタビューでは、Bさん、Cさんから以下の発言があった。
Bさん:理系の専攻が直接入社後に活きることはあまりないと思う。
Cさん:学術的な部分は大学に任せる。実際、入社前に専門的教育はそこまで求めていない。
企業の考え方としては、どこまで専門的に学術的教育を行うかは大学に任せ、入社後に仕事で必要な知識やスキルは、人材育成研修などを通じて教育していくのがふさわしいと考えているようだ。もちろん、学生時代の研究活動を経て得た論理的思考力や、課題に対するアプローチ力・判断力などは社会でも生かせるスキルだ。しかし、あまりにも特定分野に絞られた知識の場合、社会で汎用的に活かすことは確かに難しいだろう。では、特定の専門教育を企業側が求めていないのであれば、大学には何を求めているのだろうか。
――企業が大学教育に求めている要素
3名の現役人事担当者のインタビューでは、企業が大学に求めている事として、マインド面と知識面でそれぞれ共通して挙がっていた項目があった。マインド面では、“大学生と社会人の相違点に関する教育“、知識面では“企業の仕組みや事業内容に関する具体的な教育”が挙がった。この2つの観点に対して具体的には以下の発言があった。
“大学生と社会人の相違点に関する教育”
Aさん:社会人の常識を知らないとビジネスでは話が通じない。挨拶や敬語で話すことを当たり前にできない人が実際にいるので、せめて最低限の常識・マナーは知っておいてほしいと思う。
Bさん:大学側から学生に“学生マインドから気持ちの切り替えをして欲しい”と伝えてほしい。入社したらトイレに行っているときも、ご飯を食べているときもお金をもらうことになるので、その意識を持つことが必要。
“企業の仕組みや事業内容に関する具体的な教育”
Aさん:会社という組織がどう回っているのか入社前に分かっておいて欲しい。会社が資金をどこから取っていて、それをどう活用して利益を出しているかを知っていて欲しい。そこを意識出来ている人と出来ていない人とでは、スタートダッシュが全然違う。
Bさん:もっと職種について学生が正しく理解できるよう、大学から啓発して欲しい。もっと企業のことを調べて欲しい。面接で自社に関する質問をしても、返ってくる答えが大きく間違っていることもある。もっと色々な企業に、具体的な仕事内容や会社の事業が把握できるような、イベントの門を開いて欲しい。
マインド面の“大学生と社会人の相違点に関する教育”では、学生時代との責任感の違い、言葉遣いやマナーなどの振る舞いの違いについて大学が教育する必要性を、企業側は感じているようだ。これらのマインド面の教育は、社会人になるまではしっかり学ぶ機会がなく、会社に入ってから学ぶものといった認識が一般的かもしれない。一方で企業は大学に、学問的な教育に留まらず最低限の社会人マナーに関する教育も行ってほしいと思っているようだ。
知識面の“企業の仕組みや事業内容に関する具体的な教育”では、イベントを通じた企業紹介、専攻が実践的に使われている事業紹介などの情報提供を、企業は大学に求めているようだ。採用担当者は、学生へのキャリアに関する情報提供が不足しており、学生の“大手志向”や“この専攻の人はこの業種にしか行けないといった狭まった就職活動”が行われている、と感じている。企業から学生への情報提供アプローチには限界があるため、大学で学生に対して企業情報紹介を実施してほしいという需要が存在しているようだ。
企業人事が求める人材と大学教育
今回3名の現役人事担当者へのインタビューでは、大学で学んだ知識や経験といった専門性と同様に、正しい仕事への向き合い方、積極性や協調性を持った理系人材を求めているという意見が挙がった。また、上述より、企業は大学教育に“大学生と社会人の相違点に関する教育”、“企業の仕組みや事業内容に関する具体的な教育”を求めていることが分かった。
働き方の多様性や人材の流動性が議論されてきている近年、大学には専門知識に特化した即戦力化に向けた教育と同様に、“円滑に社会人としてスタートを切る事ができるような共通基礎スキルの取得”、“入社後に成長できる考え方や行動特性を身に着ける”といった横断的な要素の教育も大学に必要であると考えているようだ。