マイナビ進学総合研究所では、主にアンケート・モニター調査から高校生の進路選択に関する研究を行い、結果を発信している。志望校選びから進学先決定にいたるまでのメカニズムも研究テーマの一つ。本企画では新たな視座を得るため、アンケートに代表される定量調査ではなく、大学生・大学院生にお集まりいただき、新たな試みとしてブレスト及びKJ法を取り入れ、進路決定の要因を洗い出した。
▼参加者
ファシリテーター:マイナビ進学総合研究所 研究員 青木湧作
①私立大学大学院・修士1年(私立高等学校2019年卒)
高校時代、当時の塾の先生が勧めてくれた大学の「自己推薦型入試(論文・英語)」受験。
②私立大学大学院・修士1年(私立高等学校2018年卒)
心理と社会福祉を学べる社会心理学科がある大学を志望。「一般入試」で2つの大学を受験。
③私立大学・看護学科・1年(私立高等学校2023年卒)
オープンキャンパス訪問と看護師以外の資格取得が決め手となり「指定校推薦」で入学。
④私立女子大学・児童学科・1年(私立高等学校2023年卒)
学び分野と将来の職場を想定して女子大を志望。「総合型選抜」で2つの女子大を受験
“志望校選びで重視する点「学びの内容」“は実態とあっているのか?
会を始める前に、ファシリテーター(青木)から参加者の大学新1年生・大学院生に今回の定性調査の目的と狙いを説明した。
青木:マイナビ進学総合研究所が高校生向けに実施するアンケート調査では、志望校や進学先の決定理由に「学びの内容」が上位にラインクインしますが、果たして実態と合致しているのでしょうか。「偏差値」「アクセス」「資格取得」などほかの選択肢があるなかで、強いていえば「学びの内容」という消去法から選ばれていないか。もっと人間臭い選択肢、例えば「憧れの先輩がいたから」「親の強い勧めで」などがあるのではないか。大人が考えた選択肢に、漏れている選択肢はないか。これらの検証を目的に、今日は進路選択に関するアンケート項目の洗い出しを徹底的に行っていきたい。今日は皆さんのご意見、とりわけ実情や本音も含め、出してもらいたいと思います。ご自身の体験だけでなく、ご友人の意見も大歓迎です。進路選択の要因を、できる限り多く・幅広く知りたいと思っています。
自己紹介を兼ねたアイスブレイク「2つの真実と1つの嘘」
初対面の参加者が本音を打ち明けられるように、ファシリテーターはさまざまなワークショップで取り入れられているアイスブレイク「2つの真実と1つの嘘」を参加者たちに体験してもらった。参加者それぞれの人となりがわかると同時に、嘘だと思った理由や感想を伝えることで場に親しみが生まれコミュニケーションの活性化を促す。
参加者からは出身地や趣味、家族構成、実家で飼っているペット、高校時代と今の部活、大学の論文テーマに関して1つの嘘を交え自己紹介が行われた。結果的に短時間でお互いの理解を深めることができ、自由闊達な発言の場を醸成することができた。グループで考えうる限りの選択肢を集めるためには、互いに質問しあえる場づくりが大切だ。
[STEP1]ブレインストーミング 選択肢をできる限り書き出す
黄色の付箋を使って「志望校を決める時に考えたこと」「要因となったこと」をできる限り書き出していく。ブレインストーミング第1の鉄則は「質より量」。次に「批判をしない。自由に書く」こと。ファシリテーターは、どんな些細なことでも書き出すよう促した。ここでファシリテーターは、参加者にKJ法を理解してもらうために、そのイメージを図式で示した。
青木:まずはブレインストーミングで、志望校選びの要因をたくさん出していただきたいです。次にKJ法でグルーピングしていきます。似たアイデアをグルーピングし、その小グループを大グループで括ります。なかには、グルーピングできないものもあるかも知れません。無理に分類する必要はありません。相互に関わっているもの、影響し合うもの、3つ同時に発生するものなどは、線で結んでください。
ブレインストーミングの2つの鉄則を念頭に参加者から次々と付箋が張り出されていく。それぞれの志望理由は次の通りだった。
(参加者1)
・アクセスの良さ
・家からの近さ
・大学の雰囲気
・塾や学校の先生のオススメ
・研究できること
・自分に合っているかどうか
・興味のある分野を研究する先生がいるか
・合格する自信があるか
・学びの自由度の高さ
・施設の充実度
(参加者2)
・心理学を学べる
・資格につながるか
・学力のレベル
・電車の乗車時間
・友達が近くの大学にいる
・整った設備
・卒業生のイメージ
・就職率
・大学の広さ
(参加者3)
・先輩がいるかどうか
・先生方のサポート面
・部活動やサークルの活発さ
・国家試験の合格率
・入試方法
・オープンキャンパス(OC)での先輩の声
・大学のレベル
(参加者4)
・その大学と仲の良い大学はどこの大学か(インカレなど)
・ブランド
・女子大か否か
・卒業生や先生は有名かどうか
・取れる資格の数
・就職率
・学びの方法(実技が多いか)
・入試の方法
・学食が美味しそうか、またその値段
・施設がキレイかどうか
・先生方や先輩の雰囲気
[STEP2]さらに視野を広げて要因を洗い出す
参加者が書き出すスピードが停滞したところで、ファシリテーターは5W1Hの説明を加え、広い視点で志望校の要因を思い出してもらった。
青木:5W1Hで考えてみると、志望校選びの要因を思い出しやすいかもしれません。
Where
場所をキーにして考えてみてください。学校で、家で、塾で、公園で、グラウンドで、オープンキャンパスで。場所をキーに、起こったこと言われたことで志望校を決めるきっかけになったことをなど思い出してみてください。
When
高1・高2・高3の時期に考えていたことなど。あるいは、中学生の頃、受験直前、夏休み、放課後、夜寝るとき、朝起きたときなど。時間軸をキーに、志望校を検討した要因を思い出してみてください。
Who
誰から言われたことが影響したのか。家族、進路指導の先生、親友、恋人、年下の後輩からの何気ない一言やアドバイスなどで、要因となったことがないか、書き出してください。
How
どのような文脈だったかに焦点を当てて考えてみてください。悩んでいたとき、先輩から励まされて、先生に怒られて、先輩に憧れて、どういうふうに感情が動いて進路選択に結びついたのか。
※What, Why については書き出す内容そのものなので割愛。
休憩を挟み10分のシンキングタイムを追加すると、5W1Hを念頭に次の付箋が加わった。
(参加者1)
・(通学電車の)乗り換えがない
・O C(オープンキャンパス)の印象
・大学の図書館
・留学できるか
・親のすすめ
・学びの自由度の高さ
・語学に力を入れているか
・有名な大学
・大学内にお気に入りの場所がある
・志望理由の書きやすさ
・(大学に)なじめそうか
・(大学をめざす)モチベーションがあるか
(参加者2)
・社会への実績(研究実績や産官学連携実績)
・どんな教授がいるか
・サークルの数
・学部の種類
・受験科目
・駅からの距離
・周りの環境の静かさ
(参加者3)
・先輩の雰囲気
・4年後の自分が想像できるか
・卒業時の就職
・自分の時間が作れるか
・大学の定員数
・大学の設備
・大学の駅付近が栄えているか
(参加者4)
・試験科目
・サークルなど他大学と提携がある際どこ大学であるか
・自分が成長できるか、変われるか
・知名度
・歴史がある大学か
・学びの方法(実技が多いか)
・学生が派手すぎないか
・授業科目
・国家資格が取れるかどうか
・実家から通える距離か
・1時間以内で通えるか
・父と高校の先生のアドバイス
マイナビ進学総合研究所側では想定していなかった検討要因も、いくつか出てきた。
[STEP3]KJ法でグルーピングからラベリングへ
各参加者から20枚近くの付箋が出てきたところで項目出しは終了。ファシリテーターは、ほかの参加者の付箋を見る時間を与えた。席を立ち、テーブルをぐるぐる回りながらほかの参加者の志望校選びや進学先決定の要因を確認していく。「アクセスに関する付箋が多いですね」「『他大学との提携』とはどんな意味があるんですか?」みんなの気づきや質問が集まっていく。
「女子大なので彼氏が作れるかどうかが重要だった」「口コミに影響されやすい性格だから周囲の意見は大切にした」「専攻を文学か言語学かで迷っていたので、入学後のカリキュラムの自由度も大事だった」など本音の部分も少しずつ出てくるようになった。 そしていよいよグルーピングの開始。
ファシリテーターは80枚近くの黄色の付箋から1枚ずつ取り出し、その項目に似通った付箋を集めるよう促した。グルーピングの際はあとで変更もできる点を強調した。
「『歴史ある大学』は『ブランド』に近いかな?」「『知名度』はオススメと同じ意図?」など言葉の定義を参加者同士で理解し、小グループを生み出していく過程が生まれる。また、「『入試方法』とは?」「『知っている先輩がいる』とはOBOGのこと?」「『自分の時間を作れる』とは?」など、付箋の意味を確認する質問が飛び交う。
「『受けやすい入試』という意味です。高1から推薦入試の対策を行っていたので、通っていた高校から推薦入試でいける大学かどうかが前提でした」。
「高校の先生から志望の看護学部に通う高校の先輩を紹介してもらってお話を聞く機会をいただきました。看護学部は忙しいイメージあったが、先輩から軽音楽部でライブ活動もしている話を聞くことができました」。
分類を寄せていくうちに、どの分類にも属さない付箋の共通項を見出し、「周囲からのアドバイス」など新たなゾーンが生まれていった。「大学OCの印象」と「モチベーション」に関係性が見出され、線で結ぶ。グループ分けが完成したところで、ファシリテーターはタイトル作成へと促した。
青木:では、それぞれの小グループに青色の付箋を使って表札を作っていき、“ラベリング”しましょう。清書は後から行っても大丈夫なので、とにかく議論を活発にしていきましょう。ラベリングをする際に黄色の付箋(項目)を増やしてもOKです。
表札を作るラベリングの過程のなかで、質問をする人、意見の始まりを担う人、共感してサポートする人、肯定的なコメントをする人、提案する人、場をリードする人など、それぞれが役割を担い、場面によって役割を変えながら発言をする。たくさんのコミュニケーションを交わし、試行錯誤を重ねるなか、12の小グループの表札が完成した。
(青い付箋-ラベリング)
・将来性
・成長
・ネームバリュー
・周囲の意見
・サークル
・知り合い
・学生生活
・アクセス
・周辺環境
・施設
・グローバル
・(学べる・身につく)内容
ラベリングをしてみると概ね想定の範囲内のキーワード群となったが、「周囲の意見」や「知り合い」といったグルーピングも残ることがやや意外であった。
[STEP3] 明快な志望校選び、複雑な進学先選び
青い付箋のタイトルに分けられた全体を眺めると、思考が整理され全体感を掴みやすくなった。KJ法ではここから、要素同士やグループ同士の関連性や構造を分析していく。ここで、ファシリテーターは、小グループを大グループに分けるヒントとして、志望校選びの際の優先順位を問いかけた。志望校選びの際に何を最初に決めて、どの項目が優先されるのか。どの要素が、別のどの要素に影響するのか。
「私の場合、『偏差値』は『ネームバリュー』と同等のイメージがある」
「私はまず自宅から大学までの『アクセス』を一番最初に重視していました」
「私は自分がめざす資格が取れる大学ならどこでも良かったので、まず『アクセス』で志望校を選び、その『ネームバリュー』や『偏差値』で進学先を決めました」。
参加者の間で、各自の経験をもとに実情が語られていく。
語られた実情をもとに、青い付箋(ラベル)をさらにグループ化し、番号をつけた。そして、「志望校選び」の際に考慮されるグループと、「進学先選び」の際に考慮されるグループを検討した。
2つのラベリング「偏差値」「入試」が増え、グループ分けが完成した。
[グループ1]
・偏差値
・入試
・ネームバリュー
・周囲の意見
[グループ2]
・知り合い
・学生生活
・サークル
[グループ3]
・アクセス
・周辺環境
・施設
[グループ4]
・将来性
・成長
・グローバル
・内容
青木:みなさん、志望校選びの際に最も重視したグループはどれですか?
「グループ3、特に『アクセス』が重要でした。高校に毎日片道1時間40分超かけて通っていたのがトラウマで…。次にグループ1『周囲の意見』として親のアドバイスが大きく影響しました。志望校選びでグループ2『学生生活』の『大学の雰囲気』は気にしていたが、入学後にサークルを調べる程度で優先事項ではありませんでした」
「私は学びの分野は児童と決めていたので、まずグループ4『内容』が先でした。次に自宅から近いグループ3『アクセス』を見て志望校を絞っていきました」
「私も看護師が目標だったので、グループ4『内容』が最初でした。学ぶ内容から3-4大学に絞り、OC訪問時では学生の雰囲気を見ていたので進学先選びにグループ2『学生生活』は影響していました」
「私も学びたい内容や資格が重要だったのでグループ4です」
青木:それでは、仮に複数校合格したあと、進学先を選ぶ際は何が決定打となりますか?
「当初は『アクセス』にこだわっていましたが、学校や塾の先生、親から今の大学は学問、興味の範囲、サポートなどいろんな面で相性がいいのではないかと勧められ、納得して受験しました。結果、進学先の決め手はグループ1『周囲の意見』でした」
「私の場合は、心理学など学べる『内容』を重視していたので、志望校選びと進学先選びを分けて考えていませんでした。学びが同じ大学に複数合格していたら、アクセスや施設が重要になっていたかもしれません」
「先ほど最終的に『雰囲気』で選んだと言いましたが、『周囲の意見』も大切にしていたように思います。付近で交流のある大学の知名度も重要でした。」
志望校群を決める際や、そこから実際に出願校を決める際。また実際に受験するか否かを決める際や、最終的に合格校の中から進学校を決める際。それぞれで、どの要因がどのように作用して進路検討・進路決定がなされるのか。KJ法は本来グルーピングやラベリングを行ったあと、要素同士の関係性や構造を評価・分析し線や矢印で結んでいくものだが、今回はその作業を行うことは出来なかった。検討の順序や優劣が、あまりにも個人差があることを再認識させられたからだ。一方で「志望校検討の要因の洗い出し」という最低限の目的は、80近くの付箋が出たことで一定達成されたとし、ここで会を終えた。
こうして初の試みであった、学生によるブレインストーミング・KJ法を用いた志望校検討要因の洗い出しが終了。ご協力いただいた4名の大学生・大学院生には、たくさんのご意見をいただいた。
取り組みを終えて
改めて、進路選択の理由は、線が引けない、明確なグルーピングができない、優先度がつけられない、と十人十色で複雑なものであると感じた。明快な新たな検討要因は得られなかったものの、裏を返せば、アンケート上の選択肢は概ね網羅されていたということ。また最終の「進学先選び」はそれぞれの進学目的によって変化するという気づきがあった。進学理由がなんであれ、その大学で学びたいものがあれば、グループ4の「将来性」や「内容」が決定打となり、内容が同じであれば、グループ1の「偏差値」に影響を受けやすい。
グループ3「アクセス」に関して言えば、実家から通いたいと思う高校生が増えていることは、直近の別調査からも見てとれる。今の高校生は、都心に出ることに執着していない。
また「志望校選び」の段階では迷いがない印象を受けた。学校案内や学校公式WEBサイトの情報もかなり充実してきており、大学志願者への情報は十分提供されている社会になってきている。高校の進路指導がきちんと行われている結果とも言えそうだ。
大グループのラベリングは従来のアンケート群と概ね変わらなかったものの、黄色い付箋の「歴史ある大学」「社会への実績」「卒業生や先生が有名かどうか」は目新しいキーワード。今後は、黄色い付箋それぞれを深堀していくことで、新たな項目が生まれる可能性もある。引き続きマイナビ進学総合研究所では、高校生の実態に迫っていく。