政府は、DX・GX等の成長分野を担う人材として、理系人材の育成支援に取り組むことを発表した。理系人材支援により、理系学部の新設が進んでいるが、実際に進学する中高生やその保護者は、理系分野についてどのように思っているのだろうか。キャリアの選択肢が増えた今、保護者が子供の進学先の決め手とするものは何か。理系の子供を持つ保護者にインタビューを実施した。
▼参加者
▽Aさん
・続柄:母親 文系
・職業:専業主婦
・家族構成:父、母、中学1年生の息子の三人家族
▽Bさん
・続柄:母親 文系
・職業:専業主婦
・家族構成:父、母、高校1年生の息子の三人家族
▽Cさん
・続柄:母親 文系
・職業:週3回×4時間 事務職として勤務
・家族構成:父、母、高校2年生の娘の三人家族
理系進学を希望する高校生の子供をもつ保護者は、学問ではなく「仕事」にフォーカスして進路選択を行う傾向にある。またその際に、自分たちの学生時代とは違い、大学名ではなく学部・学科で進路を決めるのが良いと考えている。
今回インタビューを行った理系進学を希望する中高生の子供をもつ保護者は、子供の進路について大学名ではなく、学部・学科を軸に検討している傾向が見られた。これは、子供に就いてほしい仕事から逆算し、進学先の学部・学科を検討するという流れである。なぜ保護者たちが、このように考えているのか、インタビューによって明らかにしていく。
今の高校生の保護者世代の就職活動では、今でいうジョブ型雇用での採用はほとんどなく、総合職やメンバーシップ型雇用としての採用が一般的だった。そのため、将来安泰な仕事に就くためには学部・学科といった専門分野の進路へ進むという選択ではなく、まずは企業人事を含めた誰もが知っているネームバリューのある有名大学に入学/卒業することを目指すのがセオリーという考え方の時代だった。
しかし、近年の人材採用では専門職採用という方法も増えてきた。そうした背景から、当時はネームバリューで大学を選んでいた保護者世代が、子供に対して「手に職をつけた安泰な生活を送って欲しい」という願いから、大学名ではなく直接仕事に繋がる学びを大学では行って欲しいと思っているようだ。
「将来、建築家になるために建築学科で大学から勉強しておく」
「IT企業でアプリ開発するエンジニアになるために、大学では情報処理を学ぶ/プログラミングを学んでおく」
「化学メーカーで安定して働くために、理学部に入る」
など、子供には将来設計を見据えたうえでの進路選択をして欲しいと考えているようだ。
このような背景を踏まえて、理系進学を希望する中高生の子供をもつ保護者は、具体的な理系職としてどのような職業をイメージしているのか、またその理系職に就くための通過点としてどのような学部を思い浮かべているのか、について述べていく。
高校生の保護者が理系職として思い浮かべる分野には「IT系」「医療系」が挙げられる。
今の保護者世代が高校生の頃は仕事が限られていた。AI・IoTなど近年のトレンドとなる技術が無かった事はもちろん、スマートフォンやPCといった近年では必要不可欠なデバイスすらない時代だった。そのような時代と比較して、目まぐるしく技術が進歩していく現在では、保護者も「IT人材は企業から引く手数多 であることから、将来安泰なのではないか」としばしばイメージしている。
IT人材と対を成し、根強いイメージとして残っているのが医師・看護師などの医療系である。医療分野を理系職と呼ぶかどうかは議論の余地があるが、とにかく「大学で一番難しい学部学科≒医学部」といったイメージなどから、入ることができれば将来が約束されるとイメージされているのではないか。頭の良い学生は周りから医学部に行くことを期待され、本人も医学部へ行くものだと思う。そのようなエリートが進むイメージ、さらに医者=高年収といったイメージが保護者の頭にあるのではないか。
保護者は「理系職は稼げ、かつ手に職を付けられる」とイメージする。
ここまでの流れで「保護者が、子供に対して将来の仕事を見据えた大学進学を望んでいる事」、「その中でも理系職に将来就くために、理系学部進学を子供に目指してほしいと望んでいる事」が明らかになった。それでは、なぜ上記の様な理系職及び関連する理系学部への進学を子供に目指してほしいのか。下記は、それに対する中高生の子供を持つ保護者3名のコメントである。
Aさん:eスポーツ系よりも、医学系や薬剤系の方が手堅く堅実なのではないか。
Bさん:情報処理系のAIの分野に進んでもらいたい。AIエンジニアは稼げると夫から聞いている。年収が高い方が将来安泰である。
Cさん:子供が希望する放射線学科に進学し、診療放射線技師になるのが良いと思う。
とりわけAさんBさんの意見の中にある「手堅く堅実」「稼げる/将来安泰」というワードについては、理系職が安定的に稼げる、すなわち「失職してしまうリスクが低い」というイメージからの発言となる。子供に将来苦労してほしくないという想いから、「手堅く堅実」「稼げる/将来安泰」というイメージの理系職ニーズが高まっているようだ。
進学後の大学生活やその後の仕事についての情報を得ることが難しい
理系職のニーズが高まる中で、保護者は現役大学生やOBOGの生の声を聞きたいと考えているようだ。具体的には現役大学生がどのような大学生活を送っているか、普段のゼミでどのような学びを得ているか、そしてOBOGが卒業後にどのような会社でどのような仕事をしているかが気になっている。
その情報を知りたいと思う目的は、子供が自分の進路に対しての解像度を高め、モチベーションを高めること、そして保護者自身が安心感を得ることだ。
そういった情報をインターネットで得ようとして、個人の口コミを閲覧するものの情報にリアリティがなかったり、大学Webサイト内の学生インタビューなどの情報が古かったりすることで目当ての情報が得られないことに不満を感じている。
結果的に情報を得ることを諦めてしまったり、学校や塾に頼ったりすることが多い。
Aさん:大学生が普段大学で何を学んでいるかを知ることで、子供の人生の選択肢も広がると思う。インターネットで検索しそれっぽいページを見つけても、よく見ると5年前の学生のインタビューでがっかりしたこともあった。
Bさん:必要な情報は自分で調べたいと思うが、大学の学部や専攻の数が以前と比べて増えているので調べきれない。かといって調べることを諦めるのは、保護者としての責任を放棄しているように思えるので悩んでいる。その結果塾に任せるしかないのかなと思う。
Cさん:インターネットで知りたい情報を調べるが、情報が溢れすぎていて何を信じれば良いのかがわからない。
知りたい情報はインターネット経由だけでなくオフラインでも得たい
保護者が子供の進路を検討する際、基本的には、インターネットで情報収集を行うが、なかなか十分に必要な情報を得ることができない。そのため大学のWebサイトや、進学・就職の情報がまとまっているサイトでそのような情報を得たいと思っているようだ。一方、それ以外の情報取得の手段として、紙のDMのニーズも多く見られた。依然として、今の中高生の保護者世代には、デジタルよりもアナログを信頼するという層も、一定数存在していると考えられる。
またオフラインでのイベントも求めている。具体的には大学のゼミの体験や、保護者が現役大学生や教授と話せるイベントなども必要だと感じている。それ以外にも大学発信の情報を、高校や塾経由で得ることも求めており、総じてよりリアルな情報を求める傾向が見られた。
Aさん:必要な情報は、大学のWebサイトや大学発信の紙媒体を通して得たい。大学主催のセミナーも情報収集源としたい。
Bさん:子供にゼミの体験をさせることで刺激を与えたい。さらに保護者向けにも大学生によるゼミの説明や、教授と話す場を設けてほしい。保護者としては、理系学部では特に、どのゼミからどの会社に入り、どのような仕事をしているのかといった情報を、経験者との交流を通じて得たい。そういった情報は高校を通して得るのも良い。
Cさん:進路についての情報は紙媒体が良い。それがないと大学のWebサイトで頑張って調べるか、周囲の人の話を聞くかしか情報収集の手段がない。進学してみてやっぱり違ったという話はよく聞くので、経験者の生の声もやはり必要。OBOGがどの専攻で、その結果どこの会社に入ったのかといった情報を知ることで、進路選択の安心感につながる。
理系学部から卒業後に働いている姿をイメージできるような情報の発信が必要
本インタビューの対象者である中高生の保護者は、理系学生の進路として、高収入である医者や急成長している分野であるIT・デジタルに関わる人材を想像していた。その為、理系に進学する事に対して、安定的な職につけるという印象を持っているようだ。これらの印象から保護者は、卒業後にどのような仕事につくことができるのかという観点で、大学名ではなく学部学科を進学先選定時の重点としている事が窺える。その為、将来の就職先や仕事内容といった、卒業後の進路にとって参考になるような情報提供を大学に求めているとも考えられる。
理系人材を育成するという政府の政策によって、理系分野の教育を提供する大学が増えていく状況下で、中高生の保護者は理系大学に対して何を求め、どんな大学に魅力を感じるのだろうか。上述の通り、OBOGの専攻や就職先、現在の仕事内容について知ることで、進学先としての安心感を持つことも考えられる。また大学自体の説明に留まらず、卒業後の進路や人生設計についてイメージを持てるような説明をすることが必要となるだろう。OBOGが現在就いている仕事について生の声を届ける事や、オープンキャンパスで教授と研究内容について会話する機会を設ける事なども有効であると考えられる。
大学側は、理系人材にとっては大学が通過点であると認識し、卒業後の将来イメージを生の声で伝える。それが、今の保護者世代に求められていることなのかもしれない。