桜美林大学(東京都町田市)では、2020年から6年計画を掲げDX化を推進。2021年には、文部科学省の「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」において、データドリブンによる取り組みが採択されるなど、デジタル技術を活用した大学改革は着実に進んでいる。具体的にどのように進められ、今後何を目指すのか。担当する総合企画部経営企画課の瀧本隆二さんと、入学部 マーケティングチームの小池翔さんに話を聞いた。
バラバラだったデータを一元化し、意思決定に活用
――まずは桜美林大学のDXやデータドリブンにつきまして、現在どのような取り組みをされているのかを教えてください。
▲総合企画部 経営企画課の瀧本氏
瀧本:大まかには学生データの一元管理と、それによって得られたビッグデータの活用です。大学の中でも、部署によって、業務によって、バラバラのツール・システムを使っていると、管理が難しいですよね。そこで、それらを仮想的に1つのデータベースに連携し、学生1人につき1つのデータとして集約できるような環境の構築を目指しています。まずは教務システム内の学生基本データをコアに、留学情報、就職情報、校友会(卒業生組織)情報などを接続しました。さらに、入学部が管理している進学アクセスオンライン(学生募集の管理システム。以下AOL。)のデータとの接続にも着手しています。
それとは別に、法人系データとして、経理システムの伝票データの可視化も進めています。ここに学費や減価償却額のシミュレーションを加えたものを構築中です。こうした財務データを、将来に向けた経営の意思決定に役立てたいと考えています。さらには、学生数や教員のパフォーマンスといった非財務情報を掛け合わせることで、学部の構成や教員の任用といった戦略の判断にも活かしていきたいと考えています。
小池:入学部では、志願前に接触した高校生や保護者のデータをAOLに集約しています。Webサイトの閲覧履歴とWeb広告のインプレッションやCVなどのデータも、AOLから吐き出せるデータと掛け合わせようとしているところです。つまるところ、どんな広告にどのくらいお金をかけたことで、何人の志願者が集まったのか、ということを明らかにしたいと思っています。それらを把握することで、限りある予算を効率良く使うための戦略を立てることができるはずです。
▲入学部 マーケティングチームの小池氏
――お二人は総合企画部と入学部に所属されていますが、それぞれの部では、何をどのようにデータで判断していますか?
瀧本:総合企画部の場合、現時点では、具体的な施策の判断や意思決定をデータに基づいて行うという段階には至っていません。ここ数年で基盤ができて、桜美林大学に入る前の学生の動きと、入学してからの動きがやっとシステム的につながった状態ですから。今後は、本学を志願して入学し、卒業して、校友会の会員になるまでの10年ほどの動きを一貫してデータとして追うことができるようになります。そのデータをここから蓄積していってはじめて、一人の学生のカスタマージャーニーが見えてきます。そこから、ある施策が長期的に見て効果があったのかどうか、データを基に判断できるようになるでしょう。
ただ、データの塊はできつつあり、例えばある学生が1年間でどのくらい成長したのか、といった短期的な状況は見ることができるようになりました。それらを必要に応じてダウンロードし、業務の中で参考にしています。蓄積したデータは、経営判断など大学としての大きな意思決定に用いることはもちろんですが、日々の細かな業務支援・遂行にもデータが活きてくる状態を目指しています。
小池:入学部では、広告の出稿媒体のROI(投資利益率)を見るのにAOLのデータを活用しています。投じた費用に対してどれだけ効果が出たのかを確認しています。また、Webサイトはセッションデータを見ながら改善を進め、Web広告はクリック数やCVをもとにクリエイティブの変更など調整を行っています。
今後進めていきたいのは、広告やイベントを通じて、桜美林大学に対する“好感”がどのように醸成されているのかをデータを通じて詳細に把握することです。例えば受験生がこのイベントのこのセッションに参加したことで、本学への好感が上がった、というようなデータは、さまざまな意思決定に利用できると思います。AOLではセッションごとの評価も計測できるので、より活用したいです。(※マイナビ注:オプションの申し込みが必要)
▲特別にお見せいただいたイベント参加パターンごとの出願率。細かく数値分析を行っている。
学生支援からスタートした、桜美林のデータドリブン
――データを運用する組織の体制について教えてください。
小池:入学部では、主に広報データの担当1名と、志願者データの担当1名の2名で運用しています。
瀧本:IR推進体制としては、学長室4名と経営企画課3名による体制をとっています。加えて、学生データ一元化のオペレーションなどは、外部企業に委託し、サポートをいただいています。現状では、データドリブンの技術的にコアな部分においては、適切な人材を内部に確保するのはなかなか難しいと感じていますが、今後は専門人材の雇用も視野に入れたいですね。
――いわゆるIR室などのデータを扱う部署ではなく、学長室、経営企画課でのプロジェクト体制なのですね。こうした体制でデータドリブンが始まった背景について教えてください。
瀧本:もともとは学生支援において、セクションの縦割りによる不利益が学生に生じているのではないかという仮説が発端になっています。例えば学生から何か相談を受けたときに、その学生に関してあるセクションの職員が知っている情報を、別のセクションの職員が把握していなければ、十分な支援ができないことがあります。そこで職員間のデータを一ヶ所に集めて“見える化”し、学生一人ひとりの情報をしっかり把握した上で、手厚くサポートができる体制を整えたいという意見が2019年くらいから出てきました。つまり、当初のきっかけは学生支援だったんです。
ちょうどそのころ、文科省の大学改革推進等補助金(デジタル活用教育高度化事業)の「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」の補正予算があったため、申請したところ採択されました。このように、学内の動きと、時代の流れがうまく重なったのが大きかったと思います。
▲取組「データ・ドリブン・アプローチによる新たな大学価値モデルの創造」説明図(桜美林大学Webサイトより)
採択された「データ・ドリブン・アプローチによる新たな大学価値モデルの創造」の内容は、学生データの一元化や、オンライン化に対応する教育方法の深化・学生コミュニティ形成の促進、さらにはデータのAI分析の高度化、学生データの可視化などを盛り込んでいます。将来的には、卒業後の進路や本学に対する満足度等と、学修成果との相関関係の分析を行う「学修×コミュニティ参加=大学体験価値」というモデルに還元することを目指しています。
当初の目的は学生支援でしたが、学内のDXが本格化していくうちに、それにとどまらず、学生が何を求めているのか、それに応えるためには大学として何が足りないのか、何を変えればいいのか、といったさまざまな問題の解決や意思決定に活用していこうという、いわゆるデータドリブンの方向へとシフトしていきました。
大学経営の中で小さなPDCAを回す意義
――データドリブンで意思決定をする際に、留意すべき点にはどのようなものがありますか?
瀧本:データドリブンの反対側にあるのが、経験則での判断ということになると思います。もちろん状況によっては、経験則が重要視されることもあります。基本的にはデータは嘘をつきませんが、見せ方によって、インパクトを大きく感じさせることもできるし小さく感じさせることもできます。つまり、同じデータであっても、使い方によって仮説の裏付けにも、反証にもなり得ます。それを理解した上で、データを尊重するべき場面か、データだけではなく別の視点も必要な場面なのか、その判断をすることが重要になるでしょう。より上位の意思決定であればあるほど、その人の判断力やセンスが問われてくると思います。
小池:ファクト(事実)とオピニオン(意見)の両方が必要ですよね。オピニオンを語る上で、データが必要になる。なので、意思決定をするためにはデータを見るための最低限の知識は必要でしょうね。まずはデータ算出の根拠を理解できているか、前提条件を整理して頭の中でベン図を描けているか。データドリブンというと、高度なツールなどを導入することを考えがちですが、それ以前に、そうした基本的なトレーニングが必要だと思います。
――データドリブンを取り入れて、もっともよかったと感じる点はどんなところでしょうか?
瀧本:「小さなPDCA」をまわしながら随時判断していけることですね。特にWebマーケティング関連で、デザインやメッセージ、広告の打ち方等においてどのような施策が“効く”のかを判断するのには有効性が高いと感じています。例えば、月次単位でポップアップAとBを出してみて、どちらの反応がよかったか比較し、Aがよかったのであれば、今度はメッセージを変えて試してみる、といった試行を経ることで、これまで肌感覚で決めていたことや当たり前だと思っていたことが数字として出ます。そして、その数字をもとに迷いなく判断し、実行し、結果が出るという好サイクルを何度も経験できます。こうしたプロセスを通じて、データの扱い方を学び、データを使って仕事をする重要性が組織に浸透していくことは、大きな意味があると感じています。
小池:確かに、組織全体でデータを見る癖がついてきていますね。そもそも、大学組織では年次ごとに施策を決定することが多く、PDCAを回すのも年単位になってしまいます。それでは、自分たちの仕事がどんな価値を生み出しているのか実感しにくいですよね。ですが、AOLを導入して1回のイベントや1つの施策に対して成果が見えるようになり、小さなPDCAを回していけるようになったことで、職員もよりモチベーション高く仕事ができるようになったと思います。
教育におけるデータドリブンの行き着くところ
――データドリブンをさらに推し進めていくにあたって、今後の展望を教えてください。
小池:まずは志願前から卒業後までが一望できるような、一元データの作成です。「就職先・卒業時GPA・1年次GPA・入試配点・志願・イベント・初回接触」といった接点ごとにデータを作成し、入試方式・配点に変更すべき点はないのか、志願者を増やすためのイベント内容・時期に変更すべき点はないのか、媒体各社に出稿する内容・時期に変更すべき点はないのかといったことを確認していきます。それを積み重ねる中で、良い学生を最大限確保し、教育内容の改革をしていくことが目標でしょうか。より低コストで高品質の教育サービスを提供したいですね。
瀧本:前述の通り、志願前から卒業後までの一貫したデータ群を整えることが最優先ですね。そこから桜美林で学ぶ人のカスタマージャーニーが数値になってきます。これを5〜10年の単位で蓄積・ビッグデータ化してはじめて、教育組織としての施策の検証といった大きなPDCAにつながると考えています。
例えば入学時にこれくらいの成績でこれくらいのリテラシーだった学生が、4年間の学生生活を通じて、こんなに成長しましたということをデータで提示できます。つまり、教育の質をデータによって保証していくこと。それが、教育において、データドリブンの行き着くところであり、目指すところだと思います。つまり「安心して買ってください」という製品の品質表示と同じですよね。大学の教育力を明示して、それを信頼して本学を選んでくれる方が増えれば、おのずとGPAや偏差値も変わっていくでしょう。
――データドリブン導入について、他大学へのアドバイスをお願いします。
小池:一足飛びでデータドリブンはできません。本学もまだまだこれからです。まずはきちんと使えるツールを選び、正しく使うことから始めることをおすすめします。
瀧本:「そうなって当たり前だろう」と思われるものでもデータ化・可視化にまず着手することです。そのステップを飛ばして、いきなりカッコイイものを作り上げたり、教育改革に効果を発揮する施策を生み出したりすることはできないでしょう。トップダウンよりも現場の利便性ベースで有効性を証明しながら、じわじわと拡大していくのが良いと思います。
学校法人桜美林学園 総合企画部 経営企画課 課長代理
瀧本 隆二
学校法人桜美林学園 総合企画部 経営企画課 課長代理
瀧本 隆二
他私立学校法人の事務職員を経て、2019年4月より学校法人桜美林学園事務職員。2020年7月より現職。財務・経理・募金・企画系を中心に幅広い経験を持ち、現職就任以降はDXを中心とした学園内の業務改革や事業計画、中長期計画、各種プロジェクト等を担当。2008年3月桜美林大学大学院国際学研究科大学アドミニストレーション専攻修了。
学校法人桜美林学園 桜美林大学 入学部 マーケティングチーム
小池 翔
学校法人桜美林学園 桜美林大学 入学部 マーケティングチーム
小池 翔
1987年生まれ。早稲田大学卒業後、三菱UFJ銀行にて法人営業に従事。主にベンチャー企業を担当。フィンテックから飲食店まで業界を問わずファイナンスやIPOをサポート。2018年7月より学校法人桜美林学園に入職。経理部で決済業務の傍ら、グループウェアや電子決裁・経費精算システムを導入。2021年6月より現職。イベント企画・運営やライブ配信を担当しつつ、顧客情報の整理と分析を行う。現在は大学と顧客の接触データのデザインと人的コストを含めたROIの分析軸の作成を進める。高校時代からアメフトに携わり現在は中央大学附属中学校・高等学校でコーチを務め8年目。人生のテーマは最適化・座右の銘は自立自決・特技は整理整頓。
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